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事務局便り

2006年09月17日

作曲家・宇宿允人 バレエ組曲「ゆき女(ゆきじょ)」

    1977年田村バレエ団(関西)より委嘱を受け、演奏活動のかたわら約2ヶ月で書き上げたのがバレエ音楽「ゆき女」である。初演は同年、大阪森ノ宮会館。全36曲、2時間半を要する大作。全曲の中から約40分にまとめたものを演奏している。
    バレエの物語は、日本の雪深い東北地方が舞台となっている。

    この物語はNHKの連続ドラマ小説の名作「おしん」を連想させるがその結末は全く違ったストーリーになっている。おしんの人生は、悲しみの中から、生きる喜びを見出し強く生きる人間像を描き出している。しかし、「ゆき女」はどちらかといえばアンデルセンの「マッチ売りの少女」のように、変えることのできない自分の運命のままに死んでいくという悲劇で終わっている。

    「ゆき女」はフィクションであるが、時代背景は変わっても、現代でも同じような人生、そして夢を抱き敗れる人生の儚さを、宇宿允人はノンフィクションとして受け止め、脚本を越えた想像力でもってこの作品を手がけている。


    物語の概要

    貧しい村(集落)で生まれ育った「ユキ」と「トシ」の悲劇の物語。2人はとても仲の良い幼なじみであった。いつしか淡い恋心を抱きあう2人だが、極度な貧困にあえぐ集落の小作人という偏見が幼い2人の人生の歯車を狂わせていく。ついに、「口減らし」として、若干8歳のユキは10年間の女中奉公に出される。夢も希望も毟り取られた人生。しかし、別れ際、2人は固い約束を交していたのである。「ユキが奉公から帰ったら、山の松の木の下で再会すること。」それは、「ユキ」と「トシ」にとって唯一の希望の光であった・・・。

    しかし、トシはユキがいなくなった寂しさのあまり小作の仕事も手につかず、男手(働き手)にならないということでトシも10歳で丁稚奉公に出されることになる。

     一方ユキは奉公先で酷い仕打ちを受けるが、いつか村に帰郷することを胸に詰まる思いをこらえ、いつまでも純粋な心で働く。しかし、奉公に出て5年が過ぎてもユキの安らぐ場所はなかった。家主はいつしか美しい少女になったユキに言いより、嫌がり抵抗するユキに暴力を奮うようになる。精神的に追いやられたユキはついに絶えられず奉公先を逃げ出し、遠く寂しい山道を風呂敷包み一つで故郷へ戻る。しかし、故郷を想うユキの心とは裏腹に、奉公を務められず逃げ出してきたユキを集落の人々は軽蔑の眼差しで噂する。

    行き場のないユキはトシを捜し求めるが、丁稚奉公に出ているトシが集落にいる訳がなく、ユキは次第に孤独になり無口になってしまう。季節は冬・・・。しんしんと降り続く雪が視界をさえぎる中、ユキは一人雪山に入っていく。8歳の時トシと約束した「山の松の木の下で再会する」という唯一の希望を胸に・・・。叶わないとわかっているトシとの再会が彼女の心を虚しく締めつける・・・。そして、生涯、軽蔑と屈辱のレールを引かれた自らの人生。ぬぐい切れない運命と現実、激しく痛めつけられたユキは次第に幻想の世界に巻き込まれていく。

    集落では、ユキがいなくなったことに初めて事の不安と危機感を感じ、奉公から帰ってきたときのユキの哀れさを知っていながら、軽蔑の眼差しで迎えてしまったことに村中が後悔の念にかられ、口々にユキの名前を叫び山の中に捜しに行くが、その声と想いは虚しく吹雪が掻き消していく。

    吹雪の中、13歳になったユキは一人まっすぐ前を見据え歩いていく。そこには涙や迷いはなく、死を覚悟して進む「ユキ」の姿がある。

    最後は、幻想の世界に創り上げられた「雪の精」に導かれるまま死の世界に入っていく。



    1:序奏

    2:村祭り:豊作を願い村をあげて祈る

    3:情景:ユキが子守りをする場面、田舎の情景の想像(イングリッシュホルン)

    ヴァイオリンソロの序奏からユキのテーマに入る

    4:ユキの悲劇のテーマ(ヴァイオリンソロ~オーボエ)

    5:ワルツ 悲しみを背負った人々のワルツ、ユキとトシも手と手を取り合い踊る

    6:気取った若者の心の安らぎとたわむれ(クラリネット)

    7:秋祭り:力強く軽快で貧困を忘れさせるような生きるエネルギー

    8:恋人達の踊り 初秋に入り収穫前のひととき(弦楽器、ハープ) 

    9:(春)娘達の踊り(弦楽器、鈴、クラリネット、オーボエ) 

    10:収穫を祝う踊り 

    11:奉公先での家主と下男たちによるユキの悲劇、いじめ、暴力

    12:ユキが戻ってくる~ 子守唄幻想

    13: 終曲 吹雪にのみ込まれていく錯乱状態のユキ 

    ~雪の精に招かれながら山深くに消えていくユキ

     
     

    宇宿作品代表作「ゆき女」上演によせて


    スウェーデンハウス(株)代表取締役社長(現会長) 羽山定克

    これはまた、何という悲しみと驚きに満ちた幻想世界でしょうか!

    これまで私は「指揮者」宇宿允人氏としての才能と実力を高く評価してまいりましたが、「作曲家」宇宿允人氏についても、氏がまぎれもなく傑出した作曲家のひとりであり、まさに「一流の音楽家」であることを認識し、氏の芸術家としての幅広い能力を賞賛したいと思います。

    「ゆき女」の物語にあわせて、音楽は全篇が深い憂愁に覆われた夢幻の世界を繰り広げます。
    まずは場面転換が実にみごとで、
    「村祭り」「田舎の情景」「ユキのテーマ」「ワルツ」「若者のたわむれ」「恋人たちの踊り」などなど、ドラマチックな展開に私たちは圧倒されます。
    リズム、テンポ、音のボリューム、メロディーが次々に変化し、そのひとつひとつが新鮮です。
    総奏の迫力とあわせて、場面毎に登場するソロのパフォーマンスがまた実にすばらしい。その1曲1曲が、楽器を知り尽くした達人でなければ作り得ない名曲揃いであるといえましょう。

    展開は西洋音楽のそれに従いながらも、音楽の底流を流れるものは「日本の心」、慈愛に満ちた「宇宿允人の心」を感ぜずにはいられません。
    高揚と暗転??そして美しくも悲愁に満ちた独自の旋律の数々。軽快なはずのワルツにすら深い悲しみの投影があるように思われます。
    全曲を通じて、哀切な子守唄、消え行く「ユキ」の錯乱などなど、私たちの胸を打つメロディーが随所に散りばめられています。
    怒涛のような迫力に溢れた終曲提示部分とあわせて、宇宿ファンならずとも、涙なしには聴けない夢幻の世界が繰り広げられているのです。それは私たちにとってまさに驚異の連続です。

    宇宿氏によると、かってバーンスタインが「ゆき女」の譜を見て、「プッチーニのようだ!」と言ったとのことですが、これはあながちお世辞とは言えないのはお聴きのとおりです。
    ただし、私にはプッチーニというよりはむしろベルリオーズの「幻想交響曲」に近い展開力を感ぜずにはいられません。
    これだけの曲が作れるのですから、宇宿氏にはオーケストラ曲は勿論、オペラ曲、バレエ音楽、協奏曲など、もっともっと作曲分野を手がけてほしいものです。

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