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私のライフワーク〜音楽を愛する人々へ〜

フロイデフィルハーモニー芸術監督・指揮者 宇宿允人

    宇宙に於ける現象は変化であり、永遠の育成と消滅で常に死に向かって歩いている。すべての人間は生まれ死んでいった。本当にそれで終わりだろうか……。確かに肉体は滅びる。

    しかし、その中から精神は生死の彼方に何かを追い求めるのだ。偉大なる人間は、同時代、いや、むしろ後世にその光を強く放射する。その精神は束の間の地上での生存を超えて、無限の精神の旅を続けるのである。 芸術とはより高度の次元に於ける生命の反映であり、芸術とその人(人生)とは決して区別されるものではなく常に一体である……“音は人なり”。

    およそ芸術と並び称されるものの中から、創造性の基盤となる感性(感受性)を取り除くならば、如何にそれが美しく見え、美しく鳴り響き、さも本物らしく見え、人々の賞賛を得ようとも、創造性豊かな精神と作品の持つ深奥からくる真の価値、人間の悲しみ、苦悩、そして最後にたどりつく愛の世界へと人々を導く芸術の真の姿はなく、一片のガラクタと何ら変わることはない。

    明治以後、外国文化の無定見な賛美と導入は、我が国の政治経済においてもきわめて流動的な性格を与えてしまった。政治、経済はもとより数百年、数千年に至る人間(民族)の生活を通しての精神的充実と言える文化の結晶である芸術でさえ、バーゲンセールで買いあさる如く充分吟味せず、時と場において巧みに使い分け、国籍不明の文化を育てることに成功したのである。


    しかし当然とはいえ、その代償として、ものを創る為の基礎となるエネルギー、そしてその核となる感受性は遥か彼方に置き忘れ、何とも奇妙な民族へと歩み始めたのである。

    もともと文化と呼ばれるものは、人間が生きることのより高い最後の充実した精神の領域であり、その国その国の長い歴史と人々の知恵から生み出された結晶であり、現在のの我が国の様に他国、他人のいい所だけ失敬して、文化を生む為の創造力と一番大切な感受性が二の次という現実に驚き戸惑うのは、私一人だけであろうか……。

    本当に外国文化(音楽にとどまらず、建築・絵画・生活様式に至るまで)を理解し、消化しうる為には、日本古来から美とされた空間の芸術(ワビ・サビなど)、芭蕉をはじめとする数多くの歌人の名歌の数々、人々を殺戮することのみの現代の化学兵器ではない名刀から生まれた本当の武士道精神を理解し、信仰厚き人間(国民)になってこそ、ベートーヴェン始め名曲と称される数多き作品を理解出来るのである。クラシック音楽が日本人の教養の域を脱し得ず、低迷している原因がここにある様に思われる。


    感受性(感性)とは、本当の意味での愛を知ることであり、教養を示す理解力とか努力といったものでは推し量ることの出来ない世界ではなかろうか……。

    音楽について私が多くの人々(素人・専門家を問わず)と語る時「どうしてあなた(宇宿)はクラシック、特にモーツァルト・ベートーヴェンについて、その様に熱を入れて語るのか」とよく質問を受ける。

    その時私はこうお答えする……。文明の発達によって生活上の焦燥や、日常の雑事、物質的文明から来る精神的不安をクラシック音楽、とくにバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンが自然治癒してくれるのです。それは、モーツァルト、ベートーヴェンが一般に受け取られている美しい音楽ではなく、モーツァルトやベートーヴェンは私たちの精神的苦しみを遥かに超えた何十倍の苦しみの中から、あの天上の神の声とも言える名曲を生み出したものであるが故に。蛇の毒から摘出された血清のように我々の苦しみや痛みを和らげてくれるのです。


    ここ数年、私は音楽、特にクラシックを敬遠する人々とお話する機会に出合うことが多い。人々は言う。「私は音痴だ。クラシック音楽は難しい。オーケストラなんて」と私を詰るように。いやそれ以上に、クラシック音楽に生命を懸けている私を半ば軽蔑の眼でさえ見ている様に感じることさえある。私はその人の視線をじっとこらえ、話に耳を傾け、そしてお答えする。

    「貴方は一番のクラシック理解者なのです。どうか胸襟を開いて耳を傾けなさい」……と。

    これは今日までの日本の音楽教育の歪んだ教え方が大きな原因なのである。貴族や金持ちの道楽であった音楽を、モーツァルト、ベートーヴェンは一般民衆の為に(全人類の為の音楽として)生涯を捧げたのです。それをもう一度神棚に奉り上げたのが学校教育であり同時に音楽コンクールという代物が驚異的な職人養成所と化したのである。そして段々と人々を音痴や音楽嫌いにしていった。

    技術と機械化が完全に発達を遂げた今日の時代にあって、人間がいかに正確にピアノを弾こうが、アンサンブルの完璧なオーケストラ、明確な指揮技術などもはや何の意味も持つものではない。

    ただ人間がもつ創造の世界、感性豊かな精神体験から生まれた人生哲学が聴く人々の感性にふれ、演奏者と聴衆が一体化された時、初めてそこに芸術が生まれるのである。けれども、この四次元の世界に入る為には演奏者も聴衆も両者とも一度は死を体験しなければならない。というのは他でもない……あらゆる虚栄、あらゆる習得されたもの、うわべにくっついたものを殺す、あの犠牲の祭壇上での死のことを言うのであり、すべてを捨てる勇気を持つことがクラシック音楽を理解出来る最も近い道なのです。


    私にとっては音楽という芸術を通して、人間が持つ創造の世界をより豊かにする為に、“生涯をかけて素晴らしいオーケストラを生成し、偉大なる作品の真髄を再現する”ことが神から与えられた、この世に於ける自分の役割と考えている。

    地球という宇宙船はこの五十年間、文明というエネルギー(武器)でもって物凄いスピードで襲いかかり今や窒息寸前まで汚染され、文化、芸術という素晴らしい果実だけを味わう時間も与えず、ほんの少しの香りを嗅いだだけで無惨にも押し流されてしまったのです。第二次世界大戦後も休むことなく続いている戦争、やれ聖戦だ、正義だと言っては地球の資源を破壊し、資本家はより豊かな社会、人類の平和と言ったうたい文句を唱えながら化学工場から吐き出す汚染物質、又、政治不信、宗教界の縄張り争い、学歴偏重の教育、それは芸術の世界まで忍び寄り、テクニック先行、学歴重視、コンクール盛況で必要以上の競争心を煽られ、創造し夢を持つ豊かな人格、そして一番大切な“愛する心”を持った芸術家を生み出す時間もないまま21世紀を迎えようとしている。


    最近、TVで放映されたニュースで中国政府は一家族(夫婦)に一人の子供しか認めない口減らしの為の政治対策を発令したと伝えられた。いわずもがな、その結果無菌状態の育児教育、そして過保護はどんどんエスカレートし、例えば父親の二ヶ月分の給料で子供の為にミノルタカメラを買ったとか……うっかり二人目の子供が出来た場合、病院や家の中で産むことは出来ず(認知されない為)、馬小屋や倉庫の中でそっと産み落とすと言った非人道的な事を余儀なくさせられ一人っ子の為の英才教育に全てのエネルギーをかけ、一日も早く先進国の仲間入りをするのだ……と。あたかも敗戦後の日本がアメリカに追いつけ追い越せと周りを振り向く余裕もなく、勤勉に働いた日本の何倍ものスピードを感じ本当に恐ろしく悲しい時代が到来したと感じたのは私一人だけではないと確信している。

    人類(人間)は本質的に何ら他の動物と変わりなく何時も群を成して動き、なまじ知恵がある為、学歴、肩書、名誉を重んじ学校、社会(団体)という檻の中で命令され少々の競争心を煽られ、適当に褒められ適当に苛め、苛められることで心地良い刺激と満足を覚えるものの様だ。

    それは子供から大人になり社会的地位が出来ると益々エスカレートするのには驚きである。現在世界のトップクラスに躍り出た日本のエリート達、特に政治経済界に於いて彼らは本当によく勉強し、よく働いて来た。どこかに置き忘れてきたのに気付いているのはほんの僅かの人達のようだ。


    富ヲ得テ道ヲ誤ラザル人ハ少ナシ多クノ者ハ大金をヲ手ニスルヤ忽チ心オドリテ欲楽ニオボレ道ニ外ルルヲサトラズカケラレシ罠ヲ知ラザル鹿ノ如クヤガテハ苦難ニ陥ラン−−釈迦


    三年前、93歳で他界された日本発明振興協会会長で私の後援会長であった海野幸保先生は人類発祥以来変わる事のなかった生命の倫理まで根底から覆す技術を持つに至った最近の科学の発達を危惧され「人が人の精神を忘れて人の命を弄ぶ様になった時、人類の歴史は終わる」とおっしゃっている。

    ベートーヴェンはあの第九交響曲で「全ての人々は自然の乳房から歓喜を飲み、全世界の人々に接吻を、そしてきっとあの星空には愛する父、神が住んでいるに違いない、友よ!全世界の友よ愛し合うのだ!」と。

    人間そのものが神から与えられた偉大なる芸術作品である事を決して忘れてはならない。そして何事も大きく考え目先の事にとらわれ過ぎない様にそして心から愛し合う友を作ろうではないか……合掌。


  • 「Freude フロイデ 兄弟よ!!」
  • 平和祈念コンサートによせて
  • 座談会〜宇宿音楽に魅せられて〜
  • 私のライフワーク〜音楽を愛する人々へ〜
  • 「奇才」指揮者、終演間近に朝日新聞より
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