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〜平和祈念コンサートによせて〜
2004年8月7日 第151/152回 「宇宿允人の世界」プログラムより

    平和祈念コンサートによせて
    「平和」という言葉が飛び交う傍らには、必ず「戦争」という言葉がつきまとう。
    「戦争」と「平和」の関係性は、表裏一体であり、鶏が先か卵が先かという永遠に解けない問題でもある。この難問は、急速に進化し続ける科学技術やスーパーコンピューターをもってしても解決はできない。

    解決の鍵は何か?
    解決の鍵は何か――。私は、人間一人ひとりの精神に宿る『理性』ではないかと考える。
    一時的な衝動や感情に左右されず、争いを避ける道を慎重に探り、相互に傷を負うことのない最善の方法を見い出していく。確かにこれは理想論であろう。これが理想論であることはだれの目にも明らかであるがゆえに、詰まるところ、利害、欲望、鬱積した不満や恨みつらみが複雑に絡み合い、人間はいとも簡単に『理性』を捨て去り、争いに暴動に、そして戦争へと駆り立てられてしまうのだ。
    人間は歴史上、この悲劇のパターンを繰り返してやまなかった。

    ベートーヴェンは悲劇の連鎖を断ち切る金字塔
    そうした中、ベートーヴェンという芸術家の出現と彼が遺した偉大な理念と作品は、悲劇の連鎖を断ち切る金字塔と言っていいだろう。
    ベートーヴェンはよく知られているように、融通の利かない頑固者であった半面、高い理想を掲げ、真の人間愛を求めぬいた芸術家であった。
    文豪・ゲーテの権威にも、英雄ナポレオンの権力にも屈することなく、最後まで「平和」の理想を求め貫き、かの奇跡ともいうべき「第九・歓喜の歌」を創造したのである。

    しかしベートーヴェンが掲げた理想はそう容易には実現しなかった。ヨーロッパにおける戦火は彼の死後も止むことなく、むしろその激しさは時を追うごとに増していった。
    第1次世界大戦、第2次と大量殺戮の嵐が吹き荒れ、悲劇はホロコーストという最悪の事態も招いた。

    『理性』のタガが外れ、暴走を招いた人間たちは荒れ果てたヨーロッパを呆然と眺め、人間同士が殺し合うことの愚かさにようやく、改めて気がついたのだった。
    違いを憎むのではなく、違いを認め合い、手を結ぶという生き方こそ、人間の『理性』的生き方であると。

    その考えが、EU(ヨーロッパ連合)という形で結実する。
    EUの国歌は、「第九・歓喜の歌」。世界に平和をもたらすものは武力ではなく、人類愛と文化の力であることを200年という時をかけ、ベートーヴェンは見事に証明したのだ。

    私もベートーヴェンの理念に共鳴する音楽家の一人として、理想を現実のものとするべく芸術創造の場で懸命に生きてきたつもりである。しかし、いくら理想を叫び、音楽活動を続けてきたところで、何一つとして変わることない日本の現状に暗澹たる思いは募るばかりだ。経済的効率ばかりが優先され、価値基準は人気のあるなし、売れる売れないのみ。そうした皮相的な価値観は、本来人間が持つ精神的奥行きや潤い、しなやかさを奪い去ってしまった。レトルト食品に代表されるように、お湯さえあれば何でも還元できる“お手軽”さが最も求められる価値観となり、手間暇のかかる芸術の世界は過去の遺物と成り果てた。

    今、本物の芸術が必要なのだ
    私は思う――このような薄っぺらな世の中だからこそ、今、本物の芸術が必要なのだ。
    私はそのことを敢えて叫びたい。ベートーヴェンが頭がおかしいのではないかと当時の人々に揶揄されながら求めぬいた理想を飽くことなく追求し続けたい。


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